自賠責異議申立てで、7級4号高次脳機能障害が認定された61歳男子(異議申立て前は12級13号)につき、脳外傷による高次脳機能障害においては、通常、急性期の状態が最も悪く、時間の経過とともに軽減傾向を示すものであることを前提に、頭部の打撲があっても、その後通常の生活に戻り、外傷から数ケ月以上を経て、高次脳機能障害を思わせる症状が発現し、次第に増悪したケースは、外傷とは無関係に内因性の疾病が発病した可能性が高く、画像検査を行い、脳室拡大の伸展などの器質的病変が認められない場合には、非器質的精神障害である可能性を示唆しています。
そして、本件では、原告には、本件事故から3年半以上が経過した平成23年3月まで、脳外傷による高次脳機能障害の判断のために実施された神経心理学検査の結果が見られず、平成23年3月にされたウェクスラー成人知能検査では全検査IQが58であるなど知能低下が見られ、いまだ回復傾向が認められないこと、原告は運転手の職を続けることができず精神的な落ち込みが目立つこと、意見書においても、非器質的な精神障害が示唆されていること等に鑑み、原告の精神障害(記憶低下、言葉が直ぐに出ていない等)は、本件事故及びその後の社会心理的因子の影響による非器質的精神障害であるとしました。そして、後遺障害に関する損害の判断としては、その日常生活に支障が生じるものであるとしても、せいぜい後遺障害等級12級に相当するものでとどまるとしました(東京地方裁判所平成25年9月13日判決・自動車保険ジャーナル1910号29頁)。
<弁護士のコメント>
発症が遅かったり次第に増悪したりした場合には高次脳機能障害の有無が激しく争われます。本件では、意識傷害、神経心理学的検査、画像所見のいずれの要件からしても、高次脳機能障害が認定されるに足るものはないということになります。もっとも、高次脳機能障害の発生が否定されたとしても、交通事故後に脳損傷に類似する何らかの障害が残存する場合もあり、そのような場合に後遺障害をどのように評価するかが問題となります。本件では、高次脳機能障害を否定しつつ、非器質的精神障害(12級相当)が認定されています。このように、高次脳機能障害を否定しつつ、非器質的精神障害を認定するという判断枠組みは、裁判では珍しくはありません。ただ、本件の場合、異議申立てによって認定された高次脳機能障害を裁判所が否定した点に特徴があります。異議申立てで高次脳機能障害が認定された根拠となった意見書や診断書について、その証拠価値を裁判所が再度検討した上で、後遺障害の有無を判断しています。また、MTBI(軽度外傷性脳損傷)の主張については「医師の診断等に基づくものではなく、採用の限りではない」としています。今回の原告は、医師の意見書や診断書ではなく、自身の主張によってMTBIの認定を求めたものと思われますが、医学的判断なくして裁判所が認定するのは困難であると考えられます。
<争点>
・高次脳機能障害
・MTBI(軽度外傷性脳損傷)
・非器質性精神障害